大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(ワ)402号 判決 1975年10月29日

原告

松岡勝美

被告

日本道路公団

ほか二名

主文

被告森俊彦及び被告日本道路公団は各自原告に対し金二八万七〇三一円及びこれに対する被告森俊彦については昭和四七年六月三日から、被告日本道路公団については同年同月二日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、被告森豊は原告に対し金二七万二八三一円及びこれに対する昭和四七年六月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告らの、その余を原告の負担とする。

この判決の第一項は原告において被告ら各自に対し金一〇万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

(一)  被告森俊彦、同日本道路公団は、各自原告に対し金三一万〇六四八円及びこれに対する被告森俊彦については昭和四七年六月三日から、被告日本道路公団については同年同月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、被告森豊は原告に対し金三〇万六四四八円及びこれに対する同年同月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決並びに第一項につき仮執行の宣言。

二  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

原告は、昭和四七年二月二八日午前七時二〇分頃、北九州市八幡区台良町有料北九州道路上を、小型貨物自動車(北九州4に31118)を運転して小倉区方面より引野方面に向けて進行していたが、当時道路面上には約一センチメートルの積雪があり、かつ道路上は部分的に凍結していて走行に危険を感じたので、右日時頃、右場所において、道路の左側端に一時停車していたところ、右同所を対面走行してきた被告森俊彦の運転する普通貨物自動車(北九州1す26162)に衝突され、腰椎捻挫、両下肢打僕傷等の傷害を受けた。

(二)  被告らの責任

1 被告森俊彦の責任

本件事故当時の現場は、道路面上に約一センチメートルの積雪があり、かつ道路上は部分的に凍結して走行に危険を感じる状態であつたのであるから、自動車運転者としては、自動車にスノータイヤ又はチエーンをまくなどしてスリツプを防ぐための予防を講ずるのは勿論、カーブ等においては充分にスピードを落すなどして事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、被告森俊彦はこれを怠り、事故現場がゆるいカーブになつているのに漫然同一速度で進行した過失により、自車をスリツプさせ、道路左側端に停車中の原告運転車に自車を衝突させたものであるから、本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

2 被告森豊の責任

被告森豊は、被告森俊彦の運転する自動車を所有し、これを使用して事業を経営していたものであるから、自賠法第三条により、原告の蒙つた損害(人損)を賠償すべき義務がある。

3 被告日本道路公団(以下単に被告公団という。)

本件事故の発生した北九州道路は国の一機関(公法人)たる被告公団の管理する有料道路であつて、本件事故発生当時の道路状況は、前記のとおり約一センチメートルの積雪があり、かつ道路面上は部分的に凍結していて、通常のスピードで走行するのが危険な状態であつたのに、道路管理者たる被告公団は、走行の危険が除去するまで道路を閉鎖するとか、又走行車にスノータイヤ、チエーン巻の有無を確認のうえ、走行上の注意を与えるなどの措置をとらなかつたのであるから、被告公団は国家賠償法第二条により本件事故によつて原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

1 逸失利益

原告は本件事故当時、合資会社佐藤工務店に左官として稼働し、一カ月平均七万五五一五円の収入を得ていたが、本件事故のため昭和四七年二月二八日より同年五月一日までの間、休業のやむなきに至り、右期間中の得べかりし利益一六万一〇九八円を失つた。

2 慰藉料

原告は、前記のとおりの受傷により、治癒までに入院実日数五七日間、通院日数一二日間を要し、その間の精神的打撃は言語に絶するものがある。この精神的打撃に対する慰藉料は次のとおり二二万一一〇〇円が相当である。

3500×57+1800×12=221100

3 入院雑費

入院一日につき最低二五〇円の雑費が必要であることは公知の事実であるから、原告の入院に伴う雑費は一万四二五〇円である。

4 自動車修理費

本件事故により原告の車が破損したので、被告森豊の指定する修理店に修繕に出したのであるが、修理が不完全であつて一万四二〇〇円の修繕費の支出を余儀なくされた。

(四)  填補

原告は被告森豊から金三万円を、強制保険取扱会社から金一〇万円を受領した。

(五)  弁護士費用

原告は、被告らが本件事故による損害の賠償をしないので、昭和四七年五月九日弁護士たる原告訴訟代理人に本件訴訟を委任し、手数料として三万円を支払つたので、右同額の損害を蒙つた。

(六)  よつて、原告は被告森俊彦、同公団に対し各自金三一万〇六四八円及びこれに対する本件事故後である被告森俊彦については昭和四七年六月三日から、被告公団については同年同月二日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の、被告森豊は原告に対し金三〇万六四四八円及びこれに対する同年同月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求の原因に対する答弁

(一)  被告森豊、同森俊彦

1 請求原因(一)の事実中、傷害の部位、程度は不知であるが、その余の事実は認める。

2 同(二)1の事実は否認する。本件事故当時は路面が一部凍結していて、被告森俊彦の進行方向の他の車両も多数あつて、走つたり止つたりの断続的な走行をしていた。同被告は前車の軽自動車が速度をあげていつたので、車間距離をちぢめるべく速度を三〇キロメートル位にあげて注意深く運転していた。ところが前車が再びブレーキを踏んで停車する気配を見せたので、続いて自車のブレーキを踏んだところ、ちようど同所が凍結していて右側にスリツプし、原告車に衝突したものである。従つて被告森俊彦には何ら運転操作上の不注意はなく、いわば同被告にとつては本件事故は不可抗力であり、責任はすべて凍結の注意を指示せず、あるいは一時通行止めなどの適切な処置をとらなかつた被告公団にある。

3 同(二)2の事実中、被告森豊が被告森俊彦運転車の保有者であることは認めるが、その余は争う。

4 同(三)の事実は不知。

5 同(五)の事実も不知。

(二)  被告公団

1 請求原因(一)の事実中、昭和四七年二月二八日早朝北九州道路上において、原告運転の小型貨物自動車と被告森俊彦運転の普通貨物自動車が衝突する事故が発生したことは認めるが、事故の態様は争い、本件事故による原告の負傷の程度は不知である。なお右事故発生の時刻は同日午前七時五分前後であつた。

2 同(二)3の事実中本件道路が被告公団の管理する有料道路であることは認めるが、その余は争う。

3 同(三)、(五)の事実は不知。

4 被告公団には道路管理について責むべき点はない。

凍結は気温の低下を前提とするものであるが、気温そのものは時々刻々変化しているのみならず、路面凍結に至るか否かは気温以外にも空気中の湿度、土中あるいは路面の温度その乾湿状況、風の有無その風速の大小、降雪降雨等の有無、その量の多少、交通量の多少等数多くの要因が加わるのであつて、凍結するかしないかの境界的な状態においてはこれを完全に予測することは著るしく困難である。そして降雪があるから何らかの規制をせよ、気温が低いから規制をせよというのであれば、ことは簡単であろうが、降雪のみでは、あるいは気温低下のみでは凍結に至らぬことがある以上は、交通規制のような措置はとれず、結局は路面の具体的状況を監視し、その状況を過去の経験等によつて判断した結果、交通に支障があると判断され、又は支障のある状態に至る蓋然性が強いと判断された場合に初めて規制が許されることとなろう。しかして道路はそれ自体距離のあるものであるから、その状態を監視するのにある程度の時間を要するのは避けられないことであるし、又その途中に於て路面の変化を発見したとしても、瞬時に交通規制を行うことは不可能で、この間に若干の時間を要するのは当然である。従つて道路の全区間にわたつてこれを常時完全無欠の状態で管理することは不可能というべきである。ところで、被告公団職員は、本件事故当日午前六時頃から道路の巡回監視を始め、先づ午前六時一五分頃から料金所においてスリツプ注意を呼びかけたのを初めとして、路面の悪化に伴い午前七時一〇分頃スノータイヤ又はチエーン着装車以外の通行禁止の交通規制を行い、凍結防止のための塩化カルシユウム散布を行なつた。

しかして本件事故が発生したのは午前七時から七時一〇分頃までの間であり、以上述べたところから明らかなように被告公団には本件事故につき本件道路管理上の責任はないものである。

三  抗弁(被告森豊)

前記二(一)2記載のとおり本件事故につき運転者たる被告森俊彦には何ら過失がなく、本件事故の責任はあげて被告公団にあるものであつて、被告森俊彦運転にかかる普通貨物自動車には構造上機能上の欠陥もなかつた。

四  抗弁に対する答弁

抗弁事実は否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生及びその状況

(一)  昭和四七年二月二八日早朝北九州道路上において原告運転の小型貨物自動車(以下原告車という。)と被告森俊彦運転の普通貨物自動車(以下被告森車という。)が衝突したこと(以下本件事故という。)は当事者間に争いがない。

(二)  〔証拠略〕を総合すると次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は北九州市八幡区台良町の北九州道路帆柱高架橋上であり、その道路幅員は約八メートルで、引野方面から小倉方面に向け右側に曲線を描いたコンクリート舗装の道路である。しかして本件事故当時、右帆柱高架橋上の路面は一面に凍結していた。

2  原告は原告車を運転して紫川料金所から北九州道路に入り、引野方面に向け進行していたが、帆柱橋上にさしかかつた際、路面の凍結により滑走し、前進が困難となつたので、道路左端に自車を寄せて停車した。

3  被告森俊彦は被告森車を運転して黒崎料金所から北九州道路に入り、小倉方面に向け時速約六〇キロメートルで進行していたが、帆柱高架橋上にさしかかつた際、自車の約一五メートル前方を走行していた先行車のストツプランプが点燈したのを認め、それにあわせて制動措置をとつたところ、路面凍結により自車の右後方が右側に振れてセンターラインを超え、車体が斜めになつた状態で約六〇メートル滑走し、同所で停車中の原告車の右側前部に被告森車の右側後部が衝突した。原告車は右衝突の衝撃により右回りに半回転し、その前部がセンターライン付近に位置し、小倉方面に斜めに向く状態で停止した。

4  訴外河口武大は普通乗用自動車を運転して黒崎料金所から北九州道路に入り、時速約四〇キロメートルの速度で小倉方面に向け進行していたが、途中被告森車に追い越された。そして同人は、帆柱高架橋の一つ手前の花尾高架橋にさしかかつた際、路面が光りかつバリバリと音がしたため、路面が凍結していることを知つたが、用心しながらもそのままの速度で進行した。ところが、帆柱高架橋上で自己の直前の先行車である被告森車が右斜め前方に滑走するのを見て、河口がエンジンブレーキをかけるとともに、助手席に同乗していた訴外中津留がサイドブレーキをひいたところ、路面が凍結していたため、自車がその後部を右に振つて滑走し、センターライン付近に停止していた原告車の左側前部にその右側後部を衝突させた。しかしその衝撃はごくわずかであつた。

(三)  ところで、本件事故の発生した時刻については、これを明確にし得る的確な証拠は存在しないが、〔証拠略〕によると、

1  黒崎料金所から本件事故現場までの距離は約四キロメートルで、普通、自動車で約五分かかる。

2  本件事故当日黒崎料金所の料金収受員奥田勝人が料金収受業務に従事する時間は午前六時から午前七時までであつた。

3  碇山九州男は被告森車から数台遅れて黒崎料金所を通過したが、その際知人であつた奥田勝人とあいさつを交わした。しかして奥田は、同人が休憩時間に入つて二〇分もしないうちに、黒崎料金所から北九州道路を出る自動車の運転手から本件事故の発生を知らされた。

4  一方紫川料金所の技術員津田光男は午前七時一五分頃本件事故車の運転手から電話を受け、本件事故の発生を知つた。

5  被告公団職員高取好登は道路状態整備のため出動の要請を受け当日午前六時四五分頃自宅を出たが、作業現場に行く途中、本件事故現場で事故後の状況を現認した。

以上の事実が認められる。ところで高取好登が本件事故後の事故の状況を現認したのは、〔証拠略〕によると午前七時ないし午前七時過ぎ頃である旨の記載が、〔証拠略〕によると午前七時前であつた旨の証言が存するが、右認定の事実に〔証拠略〕を総合すれば、本件事故発生の時刻は午前七時前後頃であると推認するのが相当である。これに反する〔証拠略〕の一部は、その証言ないし供述するところの事故発生時刻についての根拠が必ずしも明確でないのみか、右1ないし3の事実に照らしても直ちに措信しがたく、又事故発生時刻に関する〔証拠略〕も、右がいずれも前記証人ないし本人の捜査官に対する供述調書であることに照らせば、右〔証拠略〕を措信し得ない以上、右各記載も又これを措信しえないものといわざるを得ず、他に事故発生時刻に関する前記認定を覆えすに足る証拠はない。

二  被告らの責任

(一)  被告公団の責任

1  本件北九州道路が被告公団の管理する有料道路であることは当事者間に争いがない。

2  国家賠償法第二条第一項にいうところの営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠如していることをいい、これによる国又は公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としないものというべきである。従つて同条項は国又は公共団体の無過失責任を定めたものというべきであるが、たゞ、同条項が営造物の設置又は管理の瑕疵をいう以上、営造物の安全性の欠如が不可抗力による場合、またはその管理者にとつて回避不可能な場合には、右瑕疵に該らないものと解するのを相当とする。

ところで道路は交通が円滑安全に行われることを目的とするものであるから、道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない(道路法第四二条第一項)。従つて、不可抗力あるいは回避不可能の場合を除いて、道路の維持、修繕等に不完全な点があり、その結果道路が安全性を欠如するに至つた場合には、道路管理者の管理に瑕疵があるものというべきである。

3  本件事故の原因は前記一に見たとおり、被告公団の管理する北九州道路の帆柱高架橋上の路面が一面に凍結していたことにあつた。しかして道路の路面が一面に凍結していたということは、道路の通行の安全性が欠如していたことを示すものといわざるを得ない。そこで本件事故当時の右路面の凍結につき、被告公団に道路管理の瑕疵が存したか否かについて、以下検討を加える。

(1) 〔証拠略〕を総合すると、被告公団の北九州道路の管理につき次の事実を認めることができる。

(イ) 北九州道路は主に北九州市の山間部を走る有料の一般道路であるが、昭和四七年二月当時は黒崎インターチエンジと紫川インターチエンジ間の約一二キロメートルの区間と同市門司区側の一区間とが開通していた。

(ロ) 昭和四七年二月二七日午後六時発表の天気予報によると、同日夜から翌朝にかけての北九州地方の天候は「小雨後ときどき雪」であるとのことであつたので、北九州道路管理事務所長内野由夫は降雪あるいは結氷に備え助役陶山昱ほか道路補修作業員等五名に自宅待機を命じた。

(ハ) 翌二月二八日午前五時頃紫川料金所周辺において少量の降雪が見られた。当日は風も強かつた。その後午前六時頃降雪がやゝ激しくなつたので、路面凍結を案じた紫川料金所料金収受員辻俊之は黒崎料金所まで道路状況調査のためパトロールに出動した。ところで黒崎と紫川間の北九州道路には数カ所高架の部分があり、高架部分の路面はとりわけ凍結しやすく、辻は過去の経験からこのことを知つていた。しかして同部分における降雪状況は道路両端に雪が表面を白くおゝつたといつた程度であつたが、案の定路面は結氷していたため、午前六時一五分頃黒崎料金所に到着した辻は、同所の料金収受員に通行車両にスリツプ注意を呼びかけるよう指示し、折り返し紫川料金所に引き返した。

午前六時三〇分頃紫川料金所に帰着した辻は、道路状況を料金収受長内田昭に報告し、これを受けた内田は直ちに自宅待機者に出動を要請した。

(ニ) 自宅待機していた道路委託作業長猪俣小四郎は午前六時三〇分か四〇分頃出動の要請を受け、午前七時一〇分頃大谷料金所に到着し、同所で薬剤撒布の準備をしたうえ、危険箇所に薬剤を撒布すべく黒崎料金所方面に向け進行したが、その途中、本件事故現場で本件事故を発見し、溶剤を撒布した。

(ホ) 一方猪俣と同様午前六時三〇分か四〇分頃出動要請を受けた技術員津田光男は、午前六時五〇分頃紫川料金所に到着し、直ちにパトロールに出動した。しかして高架部分の路面が凍結していたので、午前七時一〇分頃陶山助役にその旨を報告したところ、同助役はスノータイヤあるいはチエーン着装車以外の通行禁止の規制をなすよう指示した。

(ヘ) 午前七時二〇分頃、紫川料金所では薬剤撒布の準備がなされ、午前七時三五分頃陶山等四名が、紫川料金所から黒崎料金所に向け、ジープあるいはパトロールカーで薬剤撒布のため出動した。

(ト) 午前八時三〇分路面状況の回復を見たので、前記通行禁止の規制は解除された。

(チ) ところで、スリツプ注意の呼びかけについては、黒崎料金所を通行する車両に対しては必ずしも完全に励行されず、同所から北九州道路に入つた藤原元儀、河口武大、碇山九州男及び被告森俊彦は右注意を受けなかつた。そして当時北九州道路の各料金所等には凍結注意あるいはスリツプ注意等の注意を喚起するための標識の設備はなかつた。

(リ) なお本件事故時にも降雪が続き、北九州道路はふきだまりに積雪がみられるといつた状態であり、所々の高架部分が凍結しており、凍結していない部分は路面が湿潤していた。

〔証拠略〕中、同人が午前六時頃黒崎料金所に向けパトロールに出動した際、路面凍結の箇所はなかつた旨の証言は、〔証拠略〕から本件事故直後に辻俊之らからの聴取結果に基づき作成されたことの認められる〔証拠略〕に照らし直ちに措信しがたく、又黒崎料金所では通行する車両全てに対しスリツプ注意を呼びかけた旨の〔証拠略〕に照らし直ちに措信しがたい。

(2) 右認定の事実によると、被告公団は路面の凍結にともない交通規制をなし、薬剤撒布による凍結路面の解氷作業をなしたが、これらの措置はいずれも本件事故発生後にとられたものといわざるを得ないところ、降雪が午前五時頃から始まり、午前六時頃にはやゝ激しくなつたこと、当日は風が強かつたこと、二月二八日といえばいまだ冬の最中であり、時間的には最も気温が下降するとされる早朝のことであつたこと、しかして北九州道路は山間部に設けられており、とりわけ高架部分の路面は凍結しやすいこと、そして被告公団の職員辻は過去の経験から高架部分の路面が凍結しやすいことを知つていたことなどの事情に照らせば、当日の当直の任にあたつていた辻等が降雪の始つた午前五時頃から路面凍結のおそれを予見して自宅待機中の道路作業職員の出動を要請し、路面凍結防止の準備を整えることは十分可能であつたものというべく(遅くとも降雪の激しくなつた午前六時、あるいは辻がパトロール中高架部分の路面凍結に気づいた午前六時過ぎ頃には、路面凍結防止のための準備を整えるべく自宅待機中の職員の出動を要請することを辻等の当直員に期待することが困難であつたとは到底いい難い。)、かようにして本件事故以前の段階において、路面状況巡視のためのパトロールを密にし、薬剤撒布などの方法による路面凍結防止対策を講じ得たものであり、かつその必要性が存したものといわざるを得ない。もつとも道路はある程度の距離を有しているものであるから一般的にはその維持管理にはその距離に応じたある程度の時間が必然的に要求されることは明らかであるが、本件紫川、黒崎間の北九州道路のキロ数を考慮すれば、自宅待機中の職員の出動に要する時間を考慮に入れても、本件事故前に凍結防止の方策をとることは十分可能であつたものといわざるを得ない。まして、降雪の天気予報が出ていた本件にあつては、道路作業員等を自宅待機させていたことの妥当性が疑問視さるべき余地のあることに徴すれば、右可能性は容易に肯定されるものというべきである。

しかも前記認定の事実によると、午前六時過ぎ頃には(遅くとも午前六時一五分頃には)高架部分の路面が凍結しており、被告公団の職員である辻がこれに気づいていたといえるから、右時点においては北九州道路の高架部分は凍結により車両の走行にとつて危険な状態(路面凍結の危険性が極めて大きいことはいうまでもない。)にたち至つたものというべきであり、この危険に対処するための何らかの交通規制がとられて然るべきであつたのに、通行する車両の安全を確保するための何らの規制もとられなかつた。又右時点において交通規制がとられたか否かに拘らず、凍結防止、解氷措置がとられるまで、凍結によるスリツプの危険性を警告するため、その旨の道路標識をかかげる等の措置が必要となるが、当時北九州道路の各料金所等には、右の如き警告用の道路標識の設備を欠いていたのみならず、通行車両に対する被告公団職員等の口頭による注意の喚起も又徹底さを欠いていた。

以上によれば、被告公団の本件事故当時の北九州道路の維持管理には、不完全性が認められるものというべく、その結果本件事故当時帆柱高架橋上の路面が一面に凍結したまゝ放置され、道路の通行の安全性が欠如するに至つたのであるから、被告公団には道路管理上の瑕疵があつたものといわざるを得ない。被告公団は、本件事故以前に路面の凍結を防止することあるいは交通規制をなすことは不可能である旨を主張するが如くであるが、右主張の該らないことは、以上に説示したところから明らかである。

4  してみれば、公共団体たる被告公団は国家賠償法第二条第一項により、原告が本件事故により蒙つた損害を賠償する義務がある。

(二)  被告森俊彦の責任

本件事故が路面凍結によるスリツプが原因で発生したものであることは前記のとおりであり、〔証拠略〕によれば、同被告は帆柱高架橋上の路面が凍結していたことに気づかないまゝ時速約六〇キロメートルの速度で走行したことが認められるところ、本件事故時の気象状況(降雪、強風)、本件事故の発生日時(真冬の早朝であること)、本件事故現場の位置(山間部に属すること)、路面の状況(湿潤しており両端あるいはふきだまりには少量ながら積雪があつたこと)などの事情を考慮すれば、被告森俊彦には、路面の凍結があるべきを予測し、減速して路面の状況に留意し、凍結を早期に発見して急制動等による滑走を避けるべきであるのに、漫然と時速約六〇キロメートルの速度で進行し、不用意に凍結路上で急制動の措置をとつた点において、本件事故につき過失があるものというべきであるから、同被告は民法第七〇九条により、原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(三)  被告森豊の責任

被告森豊が被告森車の保有者であることは当事者間に争いがなく、既に見たとおり同車の運転者である被告森俊彦に本件事故につき過失の存する以上、被告森豊の免責の抗弁は排斥を免がれず、従つて、被告森豊は自賠法第三条により原告が本件事故により蒙つた人損を賠償すべき義務がある。

三  損害

(一)  逸失利益

原告と被告公団間では成立に争いがなく、原告と被告森豊、同森俊彦間では〔証拠略〕によると、原告は本件事故により、両下肢打僕傷、腰部捻挫の傷害を受け、安藤整形外科において昭和四七年三月一日から同月五日まで通院治療を、同月六日から同年五月一日まで入院治療を、同月二日から同月六日まで通院治療を受けたこと、原告は本件事故当時合資会社佐藤工務店に勤務し、一カ月平均七万五五一五円の給与を得ていたが、本件事故による受傷のため昭和四七年二月二八日から同年五月一日までの六三日間休業したことが認められる。そこで右認定の事実に基づき原告の休業期間中の得べかりし利益を算出すれば、次のとおり一五万八五八一円となる。

75515円÷30×63=158581円

(二)  入院雑費

原告が五七日間入院治療を受けたことは前記のとおりであるところ、当時入院一日につき少なくとも二五〇円の雑費を妥したことは当裁判所に顕著であるから、右入院期間中の入院雑費の合計を算出すると、一万四二五〇円となる。

(三)  自動車修理費

〔証拠略〕を総合すると、原告車は本件事故により右前部等を破損し、原告がその修理のため合計一万四二〇〇円の支出を余儀なくされたことが認められる。

(四)  慰藉料

本件事故の態様、原告の受傷の部位、程度、治療に要した入通院期間等諸般の事情を考慮すれば、原告が本件事故により蒙つた精神的苦痛を慰藉すべき慰藉料としては金二〇万円をもつて相当とする。

四  損害の填補

原告が被告森豊から金三万円を、強制保険から金一〇万円を受領したことは原告において自陳するところであるので、以上の損害額合計から右受領額を差し引くと残損害額は二五万七〇三一円となる。

五  弁護士費用

〔証拠略〕によると、原告は被告らが任意に損害の賠償をしないので、やむなく弁護士たる原告訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、その手数料として三万円を支払つたことが認められるところ、本件訴訟の難易度、進行状況、認容額等諸般の事情を考慮するときは、右三万円の支出は本件事故により原告が蒙つた損害として被告らに賠償を求め得べきものと解するのを相当とする。

六  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告公団及び被告森俊彦に対し金二八万七〇三一円及びこれに対する本件事故後であること明らかな被告公団については昭和四七年六月二日から、被告森俊彦については同月三日からそれぞれ支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の、被告森豊に対し金二七万二八三一円及びこれに対する本件事故後であること明らかな昭和四七年六月三日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容し、その余をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 園田秀樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例